おおむね、まじめです。

落ち込むな!生きよう。

あの日の跡。ずっと忘れぬ祈りの日。

昨日は、3月11日でしたね。
 
あの日をちゃんと思い出せと言わんばかりに、地元で地震が発生しました。
 
何事もなくて本当に良かった。
 
 
********************************
 
 
2011年3月11日は凍えていました。
 
気温も、体温も。
 
多くの人が、忘れることができない経験をした日。
 
わたしは、あの日、ひとりでした。
 
かつて経験したことのない揺れと、その音に、玄関の扉を開けるのが精一杯で。
 
しゃがみ込みながら扉を押さえて『助けて』と願っていたことを憶えています。
 
 
 
 
わたしが住んでいた地域は停電になることはありませんでしたが、点けっぱなしだったテレビから流れる情報を聞いている余裕もありませんでした。
 
『もう、ひとりではいられない。どうしよう』と思っていたところに友達が連絡をくれて、結局 夜遅くになってその友達の家に泊まらせてもらいました。
 
友達も、その家族も、よく泊めてくれたもんだと今更ながらに思います。
 
ひとりじゃなかったことに、感謝してもしきれません。
 
 
*********************************
 
 
今。
 
1年365日のうち、あのときのことを忘れながら生きている時間が長くあります。
 
忘れようとしている自分がいるのです。
 
ときどき見る当時の映像を、経験してもいないのに体が、脳が、トラウマとして認識しているせいかもしれません。
 
それでも3月11日は、3月11日だけは。
 
 
 
 
 
昨日は、当時の映像がテレビでたくさん流れました。
 
テレビには「映像に強いストレスを感じたら視聴をお控えください」とのテロップ。
 
たぶんストレスを感じるとわかっていても、それでも見なければならないと思い、見続けました。
 
潰瘍性大腸炎になったのはあの日のずっと後のことですが、街が襲われる映像にお腹が痛くなりました。
 
大腸だけが変に熱を持って、何かを訴えているように。
 
 
 
 
わたし自身、初めて見た映像だったのかもしれません。
 
四方八方から襲いくる衝撃と恐怖。
 
それを目の当たりにしている人々。
 
ただただ見ているしかない。
 
仕事が、思い出が、夢が、生活が、命が、瞬く間に飲み込まれてゆく。
 
 
********************************
 
 
わたしに刻まれているのはあの日実際に体感した揺れと、テレビが伝えた映像です。
 
今でも少し揺れただけで、あの日の恐怖が蘇ります。
 
でも、その恐怖は糧にしなければいけないのでしょう。
 
それが生きている者の役割なのだと思います。
 
 
 
 
自分に何ができるのかを思い出し、思い直してもみる。
 
防災グッズを見直す。
 
大切な人を大切にする。
 
やりたいことをやる。
 
生きる。
 
祈る。