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【潰瘍性大腸炎の治療④】痩せすぎたので実家へ強制連行。

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ohmune-mazime.hatenablog.com

 
 
飲み薬アサコールも、食事も、注腸プレドネマも効いていない。
 
それどころか、わたしは毎日悶絶し、泣くほどの腹痛に襲われ始めました。
 
 
 
毎日、ほとんどの時間をトイレで過ごすようになり、涙を流し、
 
うなり声を上げながら排便していました。
 
これが日に何度も訪れ、疲れ切って眠って、
 
また朝が来ればうなり声を上げる。
 
 
 
 
さすがに心配した母が上京したとき、
 
わたしは鼻の筋がはっきりわかるほど痩せていたそうです。
 
自分でも太ももをバロメーターにしていましたから、
 
それはそれは美しい脚線美になっていました。今はすっかり元通り
 
ここまではすべて、確定診断が下ってから約1カ月くらいの出来事です。
 
 
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せめて胃に負担をかけない優しい食べ物を少量だけでも食べておこうと思っても、
 
血が止まらないのだから栄養は食べた量以上に排出されていました。
 
そりゃ痩せるし、顔色も悪いわけだわ。
 
 
 
お粥や柔らかく炊いたお米で作ったおにぎりなど、
 
母は、わたしが食べられそうなものを作ってくれました。
 
ほんの数週間だけど、うどんとポカリで生きてきたわたしにとっては、
 
今 思い出しても泣けてくるほど嬉しかったです。
 
そんでもって、初めて食べた大根メシの不味いこと(笑)
 
 
 
本当は母が来てくれた数日、お出かけする予定だったんです。
 
でも、もう座ってることすら精一杯のわたしは、横になっているしかありません。
 
あぁ、行きたいところがあったのに・・・
 
会いたい人がいたのに・・・と思いながら少しだけ涙を流して眠りにつきました。
 
 
  
 
 
このときは体力的に限界だったので、仕事は長期的に休ませてもらうことに。
 
母からは、もう実家へ連れて帰ります!と言われていたので、
 
念のため住民票などをもらいに区役所へ行って、
 
そこからはタクシーでクリニックへ。
 
 
 
 
診察を待っている間も座っていられず母にもたれかかっていたら、
 
クリニックのご厚意で使っていない診察室のベッドに寝かせてくれました。
 
その姿を見た先生も「どうしたのっ!!?」とびっくり(笑)
 
「アサコールが合わない体かもしれない」ということで、
 
改めてペンタサというアサコールの仲間である薬を処方してくれました。
 
一番新しい薬が合わなくても、ひとつ前のバージョンの薬が合う人もいるそうです。
 
 
 
 
そんなこんなで、母に強制連行されたわたし。
 
田舎に帰って静養することになりました。
 
 

 

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