おおむね、まじめです。

落ち込むな!生きよう。

【潰瘍性大腸炎の治療⑤】入院までの痛みとイライラ。人の苦痛に寄り添うのは想像力だ。

前回の記事はコチラ↓

www.ohmune-mazime.com

 

 
長時間乗車しなければいけない新幹線を何事もなく切り抜け、実家への強制送還が無事に終了。
 
実家では、文字通りダラダラと過ごしていました。
 
ダラダラ過ごす以外には寝るかトイレに居るしかできないので、ここぞとばかりに気持ちはダラダラです。
 
といっても、体は相当しんどいんですよ。
 
何もしてなくても痩せてしまうのだもの。
 
 
 
 
 
新たに処方されたペンタサを飲んでいても、すがる思いで注腸をしていても、やはり治る気配はありません。
 
それどころか、今まであった緩急さえなくなってきました。
 
「今日は大丈夫だからバスケを観に出掛けましょう!」とかできる状態にさえありません。
 
バスケ観戦に出掛けた話はコチラ↓
 
 
もはや、波が打ち寄せ続けるような状態です。
 
普段は出掛ける予定がなくても身だしなみには気を付けていますが、当時は顔を洗う気力さえありませんでした。
 
朝起きても、髪の毛はボサボサのまま。
 
ゲッソリと土色になった顔色。
 
全身に力が入らず、肌もヒリヒリと敏感になっているような感覚。
 
 
***************************************
 
 
夜くらいは腹痛もマシになってトイレに行かずに眠れていたのに(疲れて気絶?)、時間を問わず腹痛に襲われるようになりました。
 
夜中にもトイレに行くようになったせいで睡眠時間が削られて、ますます病状は悪化。
 
お腹が痛すぎて、涙とうめき声が止まらなった。
 
食べることが困難になりかけていて、ポカリスエットをちびちび飲むことで精一杯。
 
ホントにありがとうポカリスエット( ;∀;)今でも常備品。
 
 
 
 
心配してくれていた東京の友達が、秋田でも有能な医師や病院を市役所などに電話をかけて調べてくれていました。
 
彼女も同じく潰瘍性大腸炎を患っています。
 
もともと行動力のある彼女ですが、自分の知らない土地の病院まで調べてくれるなんて、なんとありがたいことか。
 
限界の中の限界を迎えたわたしは家族に、彼女が調べてくれた医師のいる病院に連れて行ってほしいと頼むことに。
 
 
***************************************
 
 
もう、なりふり構ってられないほどの体調だったので、わたしは天パの髪も爆発したままの、ほぼ寝間着状態です。
 
とりあえず母だけ付いてきてくれれば良かったのですが、祖母まで付いてくると言い出しました。
 
しかも、暇だからという理由で。イラ"(-""-)"イラ
 
 
 
 
 
ここから、あろうことか祖母のお出掛けファッションショーが開幕。
 
このとき、「ああ・・・痛みってやっぱり伝わらないんだ。自分もそうだったもんな・・・。痛みがわからないなら、せめて想像だけでもしないとな」と学びました。
 
母は母で、3人も乗る場所がないからと車に積んでいた冬タイヤを下ろしたり、車内の整理を始める。
 
 
 
なぜ今(ಠ益ಠ)? 
 
 
というわたしの思いは、声にする力もなかったので誰にも届きません。
 
内心イライラし過ぎて家の中には居たくなかったので、外に出て冷たい風に吹かれていました。体には悪いけど。
 
 
 
 
わたしを含めた家族は、人に興味がない血筋なのだなと反省しましたね。
 
だから家がモノで溢れているんだと。←関係ないw・・・とも言い切れないような。
 
 
 
 
体験した人にしかわからない痛みや喜びがあることは事実。
 
だけど、「体験したこともないくせに」という言葉は嫌いです。
 
だからこそ。
 
わからないからこそ人間には想像する力がある。
 
人に興味を持ったり、寄り添おうとしたりすれば自ずと働くのが想像力。
 
わたしも寄り添える人になりたい。
 
あのときの家族の対応を反面教師にしてw
 
 

 

f:id:natsuohh:20191127223351j:plain