おおむね、まじめです。

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善意の助言をありがとう。でも、わたしにとっては排除すべき情報だった。【わたしがA子にしてしまったこと編】

わたしは登校拒否をした経験があります。
 
小学生のときに少々たしなんで、中学生のときにガッツリと。
 
それでも親や、当時通っていた学級の先生たちのおかげで高校生になることができました。
 
その高校でも1年生のときに、1週間程度やらかしましたけどねw
 
それ以降、わたしの不登校癖はなくなりました。
 
 
 
 
4月は学年が上がってクラス替えなんかもあったりして、友達が増える季節ですよね。
 
新しいクラスで仲良くなったのがA子です。
 
出席番号が近かったこともあり、わたしはA子とよくおしゃべりをしていました。
 
でも突然、去年A子と同じクラスだった子から「あの子と仲良くしないほうがいいよ。友達だと思うとしつこく寄ってくるから。」という助言を授かりました。
 
 
 
 
意味が分かりません。
 
「友達だと思ったら、しつこい…というか必然的に一緒にいる時間は長くなるのでは?」と思っていたので。
 
 
 
 
ただ!
 
女子の世界ではよくあることですが、だいたいの人がどこかしらの【グループ】に属していましたよね。恐ろしいことに。
 
この自然にでき上がってしまっていたグループを軸にして考えると、A子はどのグループにも属していなかったんです。
 
そのときの感情や好きなものによって話したい相手が変わる。
 
これが、ごくごく自然なことだと、今ならわかります。
 
 
 
 
でも当時は、それが大問題かのような扱いでした。
 
ましてやグループを転々とするなど非国民級の裏切り行為。
 
いじめに発展するとかではなかったことが唯一の良かったことかもしれませんが、みんな内心よくは思っていないんです。
 
 
 

 

 
 
当時のわたしも、もれなく3人グループに属して休み時間は誰かの机の周りに集まっていました。
 
ディズニーランドとか行ったらどうやって乗り物系のアトラクションに乗るかで必ず揉める仲良し3人組です。
 
そんなわけで、A子がグループに入ってきたところで何の不自由もないんですが、わたしは一度、助言を聞き入れてしまったんですね。
 
「せっかく助言をくれたんだし」と。
 
この状況の場合、「せっかく」の意味が分からないけれど。
 
 
 
 
確かにA子と仲良くなってからは学校でのおしゃべり以外にも、メールのやり取りが多かった気もします。
 
それからの流れはこうです。
 
①学校で散々しゃべる
②帰宅後もメールでしゃべる
③「まだメール続くの?!」と思う
④助言を思い出す
⑤深く関わるのやめようと思う
 
で、次の日に登校したわたしは昨日までの朗らかな態度から、ちょっと素っ気ない態度を取りました。
 
あまり話しかけないでオーラを、ほんのちょこっと出して。
 
 
 
すると・・・
 
 
 
ものすごい罪悪感に襲われました。
 
態度が冷たくなったわたしに対するA子の「どうしたんだろう?」という思いより、彼女の中のさみしさのようなものが伝わってきたんです。
 
 
 

 

 
 
わたしは、やってはいけないことをした
 
人の心を傷つけ、他愛もないおしゃべりをするという楽しみを奪ってしまった。
 
改めて考えてみると、我ながら恐ろしいことをしていました。
 
人から冷たく扱われることの恐怖や悲しさは、自分だって経験してきたはずなのに自分がやられたことと同じことを誰かにやる。
 
クズですね、本当に。
 
でも、自分に罪悪感が生まれてよかったと思います。
 
このときばかりは、自分を責めてよかった。自分を責めるべきだった。
 
 
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A子への冷たい態度は、この一度きりでやめました。
 
人を無視に近い形で軽く冷たくあしらうことは、わたしにとって幸せなことではなかったからです。
 
ましてや、心が楽になる方法でもなかった。
 
次の日からは、またこれまでのように笑っておしゃべりをしました。
 
グループがどうとかはもちろん、A子の人間性は、助言をくれた彼女には受け入れられなかっただけで、わたしにはどうってことなかったんです。
 
とてもシンプルなことに気が付くのにA子の心を傷つける道を選んだ自分を恥じますが、何事もなかったかのように普通に笑っていてくれたA子には、とても感謝しています。
 
 
 
 
 
A子の話にはまだ続きがあります。
このときを思い出すと、わたしは未だに怒りに震える。