おおむね、まじめです。

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わたしが「がんばれ」という言葉を好きな理由。

「がんばれ」
 
この言葉が嫌いだ・負担になるから言ってはいけない、という人や記事を目にすることがあります。
 
『言われた本人は既にがんばっているのだから、これ以上なにをがんばれと言いたいのか』と。
 
 
 
わたしは正直「がんばれ」という言葉には、なんの感情もありませんでした。
 
社交辞令的に使っていることが多かったからでしょうか。
 
それが「がんばれ」という言葉を嫌いになる人や傷つく人を多く生み出す原因でもある。
 
・・・なんてことは気付きもしないで。
 
 
 
自分自身が「がんばれ」と言われても、社交辞令や話の流れ的にその言葉しかないだろうなという考えがあるので、
 
「がんばれ」の言葉の裏に隠された意味や想いが嘘でも本当でも、どちらでも構わなかったのです。
 
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では、なぜわたしが「がんばれ」という言葉を好きになったのか。
 
これは、わたしが本格的に不登校をしていた中学生時代まで遡ります。
(不登校になった経緯はまた別記事に。)
 
 
 
当時わたしは、不登校になった子たちが通う学級に通っていました。
 
自分が通っていた中学校とは別の地域にある学級です。
 
フリースクールではなく、別地域にある中学校の敷地内に開校されていました。
 
そこに通っていれば、自分が在籍している中学校での出席にカウントされます。
 
 
 
学級に通いながら、休んでいて遅れていた中学の勉強を少しづつ進める・やり直す・取り戻す
 
といった感じで、体育や給食時間なんかもありました。
 
 
 
そこで、わたしを担当してくれていた先生が言ったのが「がんばれ」でした。
 
学級に通いながら高校受験を目指していたときです。
 
わたしは恥ずかしながら現在でも、中学校で習う範囲の勉強がさっぱりわかりません。
 
(中学だけじゃなく学生時代に勉強するであろう部分は、ほとんどわかってないんですけど。)
 
 
でも、なんとなくの基礎はできていたし、
 
最初は個室でひとり勉強していたものが徐々に他の子たちの仲間に加われるようになりました。
 
わたしなりに少しづつですが変化を遂げていたのです。
 
 
 
先生たちは勉強だけでなく、つらい思いや経験をした生徒の心のケアまでしなければいけません。
 
そんな生徒に「がんばれ」という言葉は、暗黙の了解で禁句のはず。
 
 
 
でも、そんな言葉をわたしに言ってくれた。
 
先生自身も「がんばれ」という言葉は嫌いだと、人に言うのはあまり好きではないと言っていました。
 
 
 
でも、「あなたは本当によくがんばっている。だからこそ言いたくなった。あなたはまだまだ、がんばれる。だから、がんばれ!」と。
 
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このときから、わたしは「がんばれ」という言葉をとても好きになりました。
 
とてもシンプルでわかりやすいのに、幾度も人を傷付けてきた、この言葉を。
 
 
 
わたしが「がんばれ」と言うときも先生同様に、
 
【今 本当にがんばっているからこそ言いたい】と思う人にだけ伝えるようにしています。
 
そうじゃないと、この言葉は凶器になってしまうので。
 
 
 
でも本当は、すべての人に言いたい言葉です。
 
わたしが「がんばれ」と言われたときは、どうにか前に進もうとしているときでしたが、
 
立ち止まったり振り返ったり、休んだり逃げたりするためにも使っていい言葉のはずです。
 
特にこの国では、その必要がある気がします。
 
 
 
ずっとずっと進み続けることは素晴らしいです。
 
でも、立ち止まりたくなるときや逃げ出したくなるときはありませんか?
 
 
 
わたしは逃げ癖がついているタイプなので説得力はないかもしれませんが、
 
「がんばって休む」という行動を起こしてみても良いと思っています。
 
 
 
心や体が悲鳴を上げる前に、自分のために。
 
それがきっと、また前に進む力をくれるのではないでしょうか。
 
だから、みんな「がんばれ」
 

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