おおむね、まじめです。

落ち込むな!生きよう。

【死について】一生続く壮大コント。涙を笑いに変える人。

目に見えない世界を信じているようなところがあります。
 
今回の記事の内容でいえば【今とは違うもう一つの世界】や【死後の世界】とでも言いましょうか。
 
 
 
 
人の死に、触れたこと。
 
あります。
 
親戚や、家族の死です。
 
 
 
 
それが大人になってからの出来事だと、悲しいというより苦しさが襲ってきます。
 
本当に、息ができなくなるんじゃないかというほどの苦しみ。
 
胸が締め付けられる、とはこういうことかと。
 
 
 
 
3月の終わり。
 
日本の喜劇王が去りました。
 
大好きな大好きなコメディアンが。
 
 
 
 
人の死というのは、この世に生まれてしまったからには平等に訪れるものです。
 
しかし、死に至る過程というのは人それぞれで、
ときどき、なぜあの人はあのような死に方をしなければならなかったのかと思ってしまうことがあります。
 
今回、彼が、大勢の友人やファンを残して去ってしまったことを知ったその日も。
 
 
 
 
特に、治療法や治療薬がわからないウィルスに侵された彼の死は、彼の笑いに生かされてきたすべての人の心に大きな暗い影を落としたことでしょう。
 
多くの人を笑わせて幸せを与えてきた彼の終わりが
なぜ、詳細がわかりきっていないウィルスで
なぜ、彼の意識がない状態で
なぜ、罹患がわかってから たった数日で
なぜ、家族にもその姿を見られることなく荼毘に付されなければいけなかったのか。
 
 そう考えだすと(理屈ではなく)、どこにぶつけていいのかわからない悲しみや怒りの波にのみこまれそうになるのです。
 
 
 
 
もちろん、ウィルスに侵されるかもしれないという危険の中で出歩いてしまったという落ち度はあったのだと思います。
 
しかし嘘か誠か、客足が減ったお店にお金を落とそうという彼の優しさがあったのだという情報も目にしました。
 
 
 
ウワサが誠だとするならば誰よりも人に幸せを与え、人のために生きた彼が、このような死を迎えるというのは、あまりに非情ではないかと。
 
神も仏もいないのか、と思ってしまうのです。
 
 
 
 
 
彼がこんな終わりを迎えたことが、勝手に悔しくてなりません。
 
所詮わたしたちは【人間】という形をしているだけで、体はただの容れ物に過ぎないのでしょう。
 
大切なのはきっと、その心や魂なのでしょうから。
 
でも、彼が残したものが多すぎて、常に目に見える存在だった彼がいなくなったという現実世界は、やはりどうにも寂しい。
 
失ってから気付くことには、本当に後悔しかないですね。
 
 
 
 
 
生まれる前の世界や死んだあとの世界があるのだとしたら、
 
生涯コメディアンとして生き抜いた彼が、やはりあの世でもコントを考え、そちらにいるであろう彼のファンだったわたしの家族を笑わせてほしい。
 
できればタバコの煙をくゆらせながらお酒を酌み交わしてほしい。
 
なんて願ってしまいます。
 
 
 
 
 
彼の最後の瞬間には、
 
最前線で働く医師や看護師さんがいてくれたのかもしれませんね。
 
お父さんやお母さん。
 
長さんも。
 
と、妄想してみたり。
 
 
 
 
 
ただやっぱり。
 
ブーさんが言っていたように
 
彼は、ずっとずっと生きているんだと思います。
 
だって、悲しみのどん底にいるわたしを、
 
泣きはらして目が真っ赤になっているわたしを、その風貌で、顔で、声で、動きで、大笑いさせてくれるのだから。
 
たくさんのキャラクターに扮して。
 
やさしい笑顔で。
 
桜の季節にドリフターズに加入した彼はきっと、今日もどこかでたくさん人の笑顔を咲かせてくれているのでしょう。
 

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